とあるおっさんの戯言

妻と二人、二人の子供に一生懸命。

そこには確かにサムライがいた

あの頃の俺たちの想いも時代劇も、やがて忘れ去られる日が来るだろう。

だが、今日がその日ではない。

 

 

こんばんは。

 

今という令和の時代。

誰もが精いっぱい生きている。

それは、疑いようもなく、僕もそんな一人で。

 

今を精いっぱい生きているのか?

 

そんな質問をされようものならば、ムッと腹が立つというもの。

自分、自分なりに精いっぱいなんすけど。

そんな言葉がすぐに出てくるくらいに。

 

でも、作品で思い知らされるとぐうの音も出ない。

頭を思いっきり殴られたような感覚。

面白い。

そして、思い知らされる。

 

侍タイムスリッパー。

 

2024年公開の日本映画。

幕末を背景に時代劇を題材としたコメディ映画。

 

観るのは3回目。

コメディ映画をただオモシレーと観てたはずなのに、今回はシリアスの重い部分に気付いてしまい、胸が抉られてしまった。

 

時代がどう変わろうと、人は今を精いっぱい生きている。

でも、僕は、自分のことだけで精いっぱいだ。

自分の手の届く範囲、手を伸ばせば届く範囲を守るだけで精いっぱいだ。

 

でも、ほんの180年前の日本には、本気で国を変えようとしていた侍たちがいた。

そして、変えまいと生きていた侍たちがいた。

 

幕末という混乱を極めた時代。

そこを生きた誰もが高い志を持っていたとは思いません。

きっと堕落した毎日を送っていた者も、親のすねをかじって生きていた者もいたでしょう。

それでも、多くの作品で描かれるように、多くの人間が国を思い、それぞれに動いていた。

きっと歴史に名を残していない人たちも多くいたのでしょう。

 

日ノ本ひのもとは良い国になったのですね。

 こんなうまい菓子が、誰もが口にすることができる、、、豊かな国に」

 

そのシーンを観た時、震えるものがありました。

自分たちが戦い、血を流したその先が、こんな豊かな時代に繋がっていたのだと。

そう涙する侍に、グッとくるものがありました。

 

豊かな国、日本。

 

そんなに豊かじゃねーよと。

物価はどんどん上がっているし、その割に給料は上がらねーし。

富の二極化とか、格差が広がってるとかいうし。

 

でも、それは自分の話だけ。

自分がつらい。

自分が大変。

だから、自分のために、自分を変える。

自分が変わる。

 

自分の生活を豊かにしたいなら、自分が変わるしかない。

 

そう思って生きてきました。

そして、これからも、そうやって生きていくでしょう。

 

だけど、過去の日本には、自分だけでなく、周りを変えようと、国のあり方を変えようと動いていた人たちがいた。

自分が精いっぱい生きていないとは思わない。

でも、それ以上に精いっぱい生きていた人たちがいたから、僕はこの時代を生きている。

 

その想いを忘れてはいけないんだと思う。

 

幕末の時代も、自由民権運動も、今世界に名を馳せる企業を築き上げた人たちも、第二次世界大戦の惨劇も、すべてはつながっていて、そして続いていくのだと。

 

「今という時代を精いっぱい生きねばな」

 

侍は今の時代でもまた生きる意味を見出した。

 

僕が生きる意味はなんだろうか。

それを考えると怖くなる。

でも、たまにはそんなことを考える日があってもいいじゃないか。

頭を悩ますということは、そこに成長があるのだから。なんて。

 

それではまた。

 

 

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子ども達の成長を見ること。

子ども達の為だけに生きているわけでもないけど、妻と共に彼らを見守ることが、今は一番大事に思う。

 

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誰かと共に生きていくことも生きがいと言っていいと思う。

 

記憶や意識はアッという間に流されていく

あ、しまった。

忘れてた。。。

 

 

こんばんは。

 

2026年8月25日。

山口県で開催された全日本中学校陸上選手権で、エントリーミスがあり、山梨県甲府市の代表選手が競技に出場できなかったという報道がありました。

当初は「エントリー用紙の提出が選手のお弁当の受け取り時間が重なってしまった」ことによるものという話でした。

この報道を目にしたとき、ふと頭をよぎったのが、

 

なんでその学校だけ?

 

という疑問でした。

お弁当を配布するのが大会主催者側なのか、それとも出場学校側なのかわかりませんが、どちらにしても何故その学校だけ、、、と。

 

しかし、その後、8月27日、甲府市教育委員会が当初の説明は誤りであったと訂正を発表しました。

実際はエントリー時間と弁当の受け取り時間は重なっておらず、

 

「顧問2人は弁当の受け取り場所が分からず慌てていた。

 その後、宿舎へのバス移動や翌日の日程などについて打ち合わせをしている間にエントリー用紙の提出が頭から離れ、失念してしまった」

 

とのことでした。

すでに学校でも保護者説明会が開かれ、一連の経緯を説明した上で謝罪がされているとのことです。

 

なるほど、可哀想に。

出場できなかった選手はもちろん可哀想ですが、

失念してしまった顧問にも同情してしまいます。

 

たぶん、バタバタしていたのだろうなと。

バタバタして、アワアワして、いつの間にか時刻が過ぎていた。

もちろん、出場できなかった選手のことを思えば、そんなことは許されないとは思いますが、そういうことってあるよなと、、、

 

人は忘却する生き物である。

誰の言葉でもありませんが、そう言われています。

 

特に短期記憶と呼ばれる脳に一時的に記憶される領域の情報は、保持数に限界があると言われています。

人は沢山のことを「ちょっと覚えておく」ということが非常に苦手です。

長く覚えておくためには言葉を反芻したり、反復練習をしたりして長期記憶に移行させていかねばなりません。

そして、長期記憶に移行させるためには、思い出すという過程が不可欠になります。

一度覚えて、ちょっと時間が経ってから、さっき覚えたあれは何だったかなと。

ああ、あれだ。徳川11代将軍、徳川家斉いえなり

そうやってちょっとずつ長期記憶に根付いていきます。

 

でも、ちょっと覚えておきたいことにはそんな時間はありません。

短期記憶の領域では、情報がどんどん入ってくると、ところてん式に前の情報がどんどん忘れ去られていきます。

特に数字や記号の羅列など、意味のないものは余計に失われていくスピードが速いと言われています。

 

「大丈夫か! 車のナンバーは見たか!?」

 

あなたは刑事で、同僚が犯人の車を止めようとして吹き飛ばされたのを助け起こします。

 

「すまん、、、俺が不甲斐ないばかりに。。。

 ナンバーは、、、新宿3L9、く、5716、、だ」

 

「わかった、、、すぐに救急車を呼ぶからな」

 

「119番、消防署です。火事ですか。救急ですか」

 

「救急だ。場所は米花町2-5-19の2丁目交差点だ。

 40代の男が車にはねられた。意識はあるが、全身を強く打ち付けている。急いでくれ」

 

「すまない。今日はあんたの娘さんの18歳の誕生日の日だってのに、俺がこんな下手こいちまって、、、

 帰りが遅くなると奥さんも娘さんも怒るんじゃないか。。。」

 

「何言ってんだ、そんなこと喋らなくていい。

 すぐに救急車が来る。俺の嫁や娘のことを気にしている場合か。大丈夫だ。娘にはさっき謝って、14万くらいのスマホを約束させられたよ」

 

「ははは、現金なもんだ。

 俺のかわいい天使もそうなるんかな」

 

「おい、タケ! しっかりしろ」

 

「俺、イヤっすよ、誕生日の埋め合わせに高いスマホのプレゼントなんて」

 

「お前、俺の娘にいい度胸じゃねえか。

 それでも、あいつは俺の誕生日に一日2万歩歩いても疲れない革靴をくれたりするいい子なんだぞ!」

 

「なんすか、その靴、、、すげーっすね」

 

「救急です! 大丈夫ですか?

 こちらの男性の生年月日と血液型は分かりますか?」

 

「たしか、1978年12月24日で、AB型だ」

 

「マルさん、違いますよ、、、、1987年7月7日で、B型です」

 

「そうだったか、すまん。。。」

 

「さっきのはタカさんのやつですよね」

 

「いや、タカは1975年の8月15日だったはずだ」

 

「とにかく、1987年7月7日でB型ですね。

 今から搬送します。同乗をお願いします」

 

「ああ。あ、ちょっとまってくれ。

 こちらマルだ。タケがホシの車にはねられた。

 白いSUVでナンバーは、、、」

 

はい。ではこちらで先程のナンバーをどうぞ。

僕は残念ながら書いている本人なのに覚えてませんでした。。。

 

そう、人は忘れる生き物なんです。

 

忘れないためにはメモをしたり、繰り返し思い出したりしないとアッという間に記憶の彼方に飛んできます。

あとでやるから大丈夫なんてことはない。

自分の記憶力を過信してはいけない。

 

あれ、さっき電話あったお客さんとのアポ、何日の何時だったっけ?

 

「すいません、先程はお電話ありがとうございました。

 お伺いする件、、、14日の14時で良かったでしたっけ、、、

 あ、16時、午後4時ですね。すいません。よろしくお願いします」

 

すぐにメモしないからこんな電話をする羽目になる。

電話終わって、メモする前に鳴り始めた電話に出たらアウト。

ちょっとメモしてから、その後電話を折り返す。

それくらいは失礼には当たらない。

打ち合わせた日程を忘れてしまってもう一回電話する方がよっぽど失礼になるわけですから。

 

 

それではまた。

 

 

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ちなみに、今回のエントリーミスがあった中学校はその前の7月に開催された県中学総体でも1名の選手の出場種目にエントリーミスがあったんだとか。。。

そうなるともう、根本的なチェック体制の構築が必要かもしれませんね。

 

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こちらはスマホに頼りきりで妻の携帯番号を忘れていた話。

酒は百薬の長?

時代は変わる。

科学的に。

 

 

こんばんは。

 

「酒は百薬の長」という言葉がありますね。

お酒は適量であれば、どんな薬よりも効果のある薬であるという意味で使われています。

この言葉が登場したのは、今から約2000年前の中国。

西暦8年に建国された中国の王朝「新」。

その皇帝である王莽おうもうが民衆に向けて発したみことのり、つまり公的な発言の中で登場しました。

 

後年にそれらをまとめた「食貨志しょくかし」という書物に下記のような記載があります。

 

莽知民苦之 復下詔曰

夫 鹽 食肴之將 酒 百藥之長 嘉會之好

鐵 曰農之本 名山大澤 饒衍之臧 五均賒貸 百姓所取平 卬以給澹

鐵布銅冶 通行有無 備民用也

 

こちらを訳しますと、以下のようになります。

 

王莽おうもうは民が(専売制などに)苦しんでいるのを知り、再びみことのりを下して言いました。

「そもそも塩は食料の最も重要なものであり、

 酒はあらゆる薬の中で最も優れる宴会に欠かせぬものであり、

 鉄は農業の根本である。

 また、豊かな山や川は資源の宝庫であり、

 『五均ごきん』と『賒貸しゃたい』は庶民が公平に生活物資を得て満たされるためのものである。

 鉄器や貨幣、銅の精錬もまた、物資の流通を滑らかにし、

 民が日常で使えるように備えるためのものである」

 

五均ごきん」と「賒貸しゃたい」というのは王莽おうもうのとった六つある経済政策のうちの二つです。

五均ごきん」は国家による「物価安定」と「市場統制」の制度です。

その制度の中には、塩や酒を国が専売制として、税を掛けつつも金額を安定する狙いがありました。

昔の日本も、といっても30年前くらい前までですが、国家による塩専売の制度があり、税が掛けられていました。

お酒については、今でも税が課せられていますね。

つまり、昔の中国でもそういった国家による専売制があり、民からしてみれば、塩や酒を専売にして税を掛けることに対して不満がありました。

しかし、皇帝である王莽おうもうからしたらそうではなく、

 

塩も酒も鉄も生活に欠かせない大事なものだから、民間に任せてしまって価格が乱高下したり、買い占められてしまわないように、国家が管理しているのだ。

 

というわけです。

そして、「賒貸しゃたい」というのは国家による「低金利・無利子の公的融資制度」です。

そういった支援制度も構築し、民衆の生活をサポートしている。

つまり、この詔は、そういった理由により、専売という制度についても理解をしなさいという文書なわけです。

 

つまり、百薬の長とは、別にどんな薬よりも効果的な薬であるということではなく、お酒は宴会に必要なものの例えとして、百薬の長という言い方をしていたというわけです。

 

なんということでしょう。

 

今の今まで、お酒は適量であれば、健康にプラスになる、それこそ、百薬の長としてのなにか根拠的なものがあると信じて疑っていませんでした。

でも、この言葉にそのような根拠はどこにもなく、昔の偉い人が民衆に向けて話した演説的な、、、

どちらかというと専売制を正当化するためのキャッチコピー的な言葉だったということです。

 

正直ちょっとびっくりしました。

 

「酒は百薬の長」。

日本の辞書には、今も変わらず、

 

「酒は適量を飲めば健康に良く、どんな薬よりも効果のある薬である」

 

という意味で記載されています。

おそらく、これは完全に僕の推測でしかありませんが、百薬の長という字面だけで、その意味が浸透し、使われ続けてきたのだと思います。

 

しかし、現代の医学では、この「酒は百薬の長」という言葉には根拠がない状態です。

かつては「少量のお酒を飲む人は、全く飲まない人よりも心筋梗塞などの死亡率が低い」という「Jカーブ効果」が信じられていました。

これは、アルコールが悪玉コレステロールの増加を抑え、血液が血管の中で詰まりにくくなるとされていたためです。

しかし、現代医学では、そういった効果はほぼないという否定派が主流です。

「Jカーブ効果」についても、全くお酒を飲まない人のグループに元々は大酒飲みだったけど今は禁酒に成功している人なども含まれており、統計的な錯覚によるものという意見も見られています。

 

昔から、お酒はちょっとなら健康にいいとされてきました。

でも、健康はお酒の有無だけで判別することはできません。

お酒を飲まなくでも栄養が偏っていれば不健康かもしれませんし、お酒を飲んでいても、そのほかの生活がパーフェクトであれば健康かもしれません。

しかし、現在の医学では、お酒は少量でも飲まないことに越したことはないとされています。

 

そして、アルコールを飲むと「脳が委縮する」ともいわれています。

なぜ、子どもにお酒を与えてはいけないのか。

なぜ、大人はお酒を飲んでもいいのか。

それは大人になったから脳がアルコールの影響を受けなくなるというわけではありません。

大人であってもアルコールは脳へ悪影響を与えます。

ただ、子どもの未発達な脳に対しては悪影響が大きいということに過ぎません。

 

お酒は子どもに与えてはいけないもの。

 

つまり、最初から「酒が百薬の長」である目はなかったわけで。。。

 

少しくらいは体にいいんだよ。

 

僕もそういってお酒を飲んできたクチです。

ちょっとした免罪符。

それを片手に楽しい時間を過ごして参りました。

 

でも、それは幻想で、甘い蜜。

王莽おうもうも国家の皇帝ですから、税の対象となる酒は売れた方がいい。

そんな甘い言葉でお酒の販売を推進するという目論見もあったのかもしれません。

 

まさか王莽おうもうも自分の言葉が2000年後も使われているなんて想像もしなかったかもしれませんが。。。

 

それではまた。

 

 

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ちなみに、別に今日は二日酔いではありません。

ただの学術的な言葉の興味で調べた次第です。ほんとです。

そして、だからお酒をやめよう、とかでもありません。

飲み過ぎないように気を付けるだけです。

 

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おかげさまで再開後1年を経過していました

継続。

それは力なり。

 

 

こんばんは。

 

週一ブログ更新を再開してから、気付いたら1年が過ぎていました。

再開は2025年の7月27日。

内容は子育てに関することでした。

子ども達に、何かをやり遂げる、続けるということの大切さを知って欲しいというようなものでした。

 

それから約1年、毎週末記事を書き、公開してきました。

その記事数は55件。

毎日更新をされている方々には遠く及びませんが、毎週末に色々と思考を巡らせることは自分の糧になっているように思います。

子育てに関すること、仕事に関すること、ニュースを読んで感じたこと、様々な意見がある中で、皆様にはとあるおっさんが感じたことにお付き合いをいただき、ありがたい限りであります。

 

最近は過去の記事のカテゴリー整理なども始めました。

このブログは以下のカテゴリーで分けていこうと調整中です。

共に育ち合う日々

働くことと生きることと

ニュースの向こうとこちら側

日々紡ぐ人生に思う

健康に暮らす毎日のために

紡がれてきた言葉に想いを馳せる

わたしを形作る物語と音楽と

とあるおっさんの空想妄想学

 

このブログ自体は2018年に始めたのですが、その頃はまだ子ども達も小さく、いま読み返すと七転八倒している自分に苦笑しつつ、とても懐かしい気持ちになります。

自分も若かったなと。

そして、子ども達も成長したなと。

 

過去の記事を読み返すことで、新たな発見があったりもします。

これは書き続けているからこそ得られるものかもしれません。

 

継続は力なり。

 

度々書かせていただいておりますが、この言葉は自分の座右の銘です。

小さなことでも継続をしていくことは、必ずその人の力になる。

それは毎日の筋トレであったり、夕飯のすりゴマ納豆であったり、このブログの更新であったり、、、

人から見れば大したことではないかもしれません。

が、それはどうでもよくて、大切なのは自分が自分のために、意思を持って続けられているかどうか。

 

なんでもそうだと思いますが、何かを始めるとき、最初は大したことはできません。

手探りだったり、見習いだったり、RPGゲームで言えばレベル1。

最弱のスライムにも手こずる状態からのスタート。

 

それでも、続けていけば、少しずつできることが増える。

知識でも、筋力でも。

そして、それは自信になる。

自信がつけば、またそれも力になる。

 

そういうことが成長なんだと思います。

 

子ども達も、少しずつ成長してきました。

昔の記事を見て、それを改めて実感します。

この子たちが大人になる頃、そうやってまたこれからの成長を感じることができれば、それは親冥利に尽きるというものです。

 

そのためにも続けること。

それをこれからも続けたいとそう思います。

 

 

それではまた。

 

 

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継続とは自分のことだけではなく、

自分の知見を誰かに伝えることでもあると思います。

 

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8月15日は終戦記念日。

これも忘れてはいけないこと。

 

運が良かった僕らの責務

命よりも大切なものなんてない。

でも、それを言えるのはいつも後からで。

 

 

こんばんは。

 

2026年7月28日(火)16時27分。

熊本県熊本地方において、最大震度7を観測する地震が発生しました。

数多くの住宅に被害が発生し、道路や鉄道の損傷による交通網の分断が起きている箇所も少なくないと聞いております。

被災された皆様に一日も早く穏やかな日常が戻ることと、心の安寧が訪れることを願うばかりです。

 

大きな地震が起こるたびに、思うことがあります。

不謹慎かもしれませんが、敢えて書かせていただくのであれば、

 

自分は運が良かった。

 

ここではないどこかで起きる災害。

阪神・淡路大震災の時も、東日本大震災の時も、能登半島地震の時も、そして今回の熊本地方の地震の時も、

大きな揺れを感じたことはあっても、電車が動かないことはあっても、家はあり、家族も失わず、生きている。

でも、それは、ただ、そうだっただけで、危険を回避していたわけでもなく、運が良かっただけ。

 

それを思うと、世界はどうしようもなく不安定で、理不尽で、怖い。

僕らがその恐怖から逃れるための方法は、もしかしたらどこにもなくて、あるのは何かが起きた後にどうするかを学ぶことくらいなのかもしれません。

 

今回の熊本地方の地震では予想だにしない二次災害も発生しました。

大型ショッピングモールにおけるガス漏れが要因と思われる爆発事故。

朝日新聞の報道に、爆発の瞬間を捉えたドライブレコーダーの映像がありました。

 

映像ですら愕然とする衝撃です。

付近にいた方々の恐怖は想像を絶するものだったことでしょう。

 

この爆発が起きた建物では7名の方が亡くなったと報じられておりますが、

おそらく、誰一人として、このような爆発を想定することはできなかったのではないかと思います。

多くの報道により、亡くなられた方の中の2人は、一度屋外に避難をしていたにも関わらず、会社から「レジの売上金を金庫に入れるように言われたから」と館内に戻り、爆発に巻き込まれたと分かりました。

 

この件について、その指示をした会社の幹部は被害者の通夜に訪れた際に、報道陣の取材に対して、

 

「今から考えると、命に代えるものではない」

 

と答えたとのことです。

売上金は人の命に代えるものではない。

そのように指示してしまったことは痛恨の誤りであったと。

遺族に対して詫びることしかできないという痛みを感じました。

 

まさか、あんな爆発が起こるなんて。

 

会社が金の亡者だったのか。

そうではないのではないか。

もう安全なのではと、そんな軽い気持ちで指示してしまったのではないか。

 

現場にいないが故の軽い気持ち。

もう揺れが収まっているのであれば、可能なんじゃないか。

立派な建物だし、倒壊もないんじゃないか。

戻っていいなら、お願いできないかと。

 

一部では、建物入口で再入館をしようとするお二人に対し、建物スタッフは「気をつけて」と声を掛け、制止まではされなかったとの報道もあります。

これが、建物の中で火災が起きているなどであれば、会社も無理に戻れとは指示しなかったのではないかと。

 

そして、指示を受けた方々はまだお若く、会社の指示ともなれば、断れなかったのではないかと。

建物が一部倒壊などしていれば、危険を感じて、抵抗もできたとは思いますが、おそらくはそうではなかった。

 

この不幸な事故が起きた原因はどこにあるのか。

それはおそらくは指示した会社の責任が問われることでしょう。

人を雇い、会社を運営するということは、業務中はその人の安全にまで責任を持たなければなりません。

そういった中では、想像力を働かせて、危険を想定しなければなりません。

今は燃えていなくても、もしかしたら1分後に燃えるかもしれない。

今は崩れてなくても、もしかしたら10秒後に崩れるかもしれない。

 

責任者とはその想像力を持っていないといけない。

 

今回のこの事故により、多くの方が知見を得ました。

 

地震後、もしかしたら、爆発が起きるかもしれない。

 

建物は立っている。

火は見えない。

煙も出ていない。

 

でも、見えないところでは何かが壊れているかもしれない。

 

気を付けなければいけない。

命よりも大切なものはない。

なによりも身の安全を一番に。

 

それは、いつも惨事が起きてから。

いや、分かっているし、そうは思ってる。

別に火の中や漏電している場所に行くつもりなんかない。

でも、揺れもやんだし、会社のデスクに置いてきてしまったスマホを取りに戻りたい。

大丈夫なんじゃないか。

スマホがないと、困るし。

 

そうやって戻って、何事もなくスマホを回収できれば、問題ありません。

過去、東日本大震災の時、僕はそうやって、一度は屋外に避難したものの、スマホを取りに建物の中に戻りました。

そして、何も起きずにまた屋外に戻れました。

 

でも、もしかしたら、あの時、更なる地震が起こって、天井が落ちてきたら、死んでいたかもしれません。

そうなってしまっていたら、きっと僕の家族はこう言ったと思います。

 

「なんで、スマホなんか取りに行ったんだ、、、」

 

命の方がよっぽど大事だろうに。

でも、それを言えるのは、いつも惨事の跡。

 

世界は、理不尽で、暴力的で、どうしようもない。

でも、僕らは学び、それに対抗するしかない。

そして、その度に支援の方法や対策の仕組みが様々に広がってきました。

 

たとえば、災害時に誰でもWi-fiにつなげられるようにした「00000JAPANファイブゼロ・ジャパン」。

大手通信事業者と自治体が連携して提供されるこのフリーWi-fiは、災害時に誰でも接続できるよう公開される公衆無線LANです。

SSIDを「00000JAPAN」と0を五つ並べた名称にすることで、スマホなどのWi-fi設定時の一覧の一番の上に来るようになっています。

災害時のみ出てくるものですが、契約している通信会社関係なく、誰でも使えます。

 

たとえば、災害時に医療機関が被災情報を報告し、情報を共有することを目的とした広域災害救急医療情報システム「EMISイーミス」。

これにより、どこの病院がどのような状況で、何ができなくなっているのかが一元化され、自治体の災害対策本部や災害派遣医療チーム「DMATディーマット」にリアルタイムで共有されるようになりました。

 

人は学びで進化できる。

それは運が良かった僕らの責務でもあると思います。

知り、学び、想像し、知見とする。

 

被災された方々にお見舞いを申し上げるとともに、

それを僕らは改めて認識するべきだと、そう思う次第です。

 

 

それではまた。

 

 

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災害が起きた時、支援物資の提供やボランティアをする芸能人に対して、売名行為だと野次を飛ばす方がいますが、とても不愉快になります。

いつだったか、杉良太郎さんがメディアに「売名ですか?」と聞かれ、

「もちろん売名だよ。あなた方も自腹で数十億出して、名前を売ったらいい」

と答えた話は痛快でした。

 

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こちらははるな愛さんの話。

 

ありのままの言葉をそのままに

お願いだ。

どんなことでもいいから。

 

 

こんばんは。

 

休みの日。

娘と二人、リビングで並んで勉強していると、後から息子もやってきて勉強を始めました。

それはとてもいい。

自分もやろうと自ら動くことは素晴らしいことです。

 

でも、自分のノートを広げる際に、僕が広げている参考書に隠してしまう。

 

なぁ、そんな風にしたら、パパ見えなくなっちゃうじゃん。

 

その僕の言葉で、フリーズする息子。

言葉を発することなく、無為の瞳でこちらを見つめるだけ。

 

え?

なんで?

 

いや、そういう風にしたら、パパの見えなくなっちゃうじゃん。

 

もう一度、息子の顔を見て話す。

それでも無言のまま。

え?

どういうこと。

 

理解が及びません。

いったい何を考えているのか。

何も考えていないのか。

この無言の状況はなんなのか。

何故、シカトなのか。

その目はどこを見ているのか。

色の消えた瞳。

 

人のやっていることは邪魔しないようにしないと。

邪魔しちゃったら、謝ることくらいしないと。

 

「、、、ごめんなさい」

 

絞り出すように、、、ではなく、言われたから言ったという感じ。

 

それは意味があるんかね。

そして、そのままフリーズしたまま。

 

この状態では、何を言ってもダメ。

それは分かってる。

というわけで、しばらくそのまま見守る。

見守るけども、何も進まない。

とりあえず、少し離れる。

しばらくすると、動き出した。

でも、それだけ。

まるで、何もなかったかのように。。。

 

これではダメな気がする。

そう思いました。

 

人は何かをしている時、邪魔をされたら、嫌な気持ちになる。

程度にもよるかもしれないけど、わざとじゃなくても、うっかりでも、「ごめん」とか「失礼」とか言葉にする。

そういうのは大事だと思う。

もしかして、そういうのが分からないのだろうか。

 

というか、そんな些細なことで、、、

と思われるかもしれないけど、そういう細かいことへの気配りは社会で生きていくなら絶対必要になる。

それは分かって欲しい。

 

少し、いやらしいけど、目には目を、、、か。

 

しばらくして、テレビでゲームで遊び始めた息子。

ちょっとしてから、チャンネルを変えてみた。

 

「これ、オンラインで、他の人にも迷惑かかるんだけど!!」

 

凄い、勢いでしゃべる。

なるほど、他の人への迷惑という感覚はあるのか。

 

他の人への迷惑?

そういうの分かるの?

 

僕のその言葉に、息子はまた無言になりました。

 

やってることを邪魔されるとどう思うの?

嫌な気持ちにならないの?

パパは今、すぐに言葉を返しちゃったけど、、、

もし何も言わないままで、黙ってたらどう思う?

意味わからん、てならない?

 

無言は続く。

失敗した。

すぐに言葉にしたら、再現にならない、、、

ここは黙って反応を見るべきだった。。。

 

でも、仕方ない。

このまま進むしかない。

 

無視をするのが一番ダメだと、パパは思う。

何を考えているか分からないから。

どんなことでもいい。

言葉にして欲しい。

思っていることをそのままでも、取り繕ってもいい。

とにかく話をして欲しい。

どんなことを言っても怒らない。

 

そう伝える。

 

罵詈雑言や暴言であっても、注意はするけど、怒らない。

今のうちになんでも言葉にして、失敗したらそれでもいい。

良くない言葉や、言っていいこと悪いことはいくらでも教える。

外の世界では口は災いの元なんて言葉もある。

でも、ここにはパパと家族しかいない。

いくらでも失敗していい。

失敗して、そこから学んでほしい。

 

そう、伝えました。

 

あのさ。やってること邪魔されたら、嫌な気持ちにならない?

 

改めて、息子にゆっくりと聞く。

そして、ようやく息子が口を開きました。

 

「ものによっては邪魔にされたらヤなこともある」

 

???

 

それは、どういうこと?

何かやってても、邪魔されても別にいいってことがある、ってこと?

 

「そういうものもあると思う」

 

あると思う?

パパはあなたに聞いているんだよ。

邪魔されてもいいものがあるんじゃないの?

具体的に何なら、邪魔されてもいいと思えるの?

パパには想像がつかないから、教えて欲しい。

 

「面白そうだなって始めて、そうでもなかったこと」

 

そういう概念的な説明じゃなくて、具体的なことを教えて。

なんかのゲーム?

そんな、邪魔されてもいいなんてことあるの?

 

「えっと、、、」

 

言葉はない。

 

邪魔されていいことなんて、パパはないと思う。

これだったら邪魔されてもいいなんてことを人は始めないし、始めても邪魔される前に多分やめる。

あなたにも思い当るもの、ないんじゃないの?

 

「、、、分からない」

 

???

分からない?

パパは別になぞなぞを出しているわけじゃないんだよ。

あなたが、邪魔されていいものがあるならあるし、ないならないじゃないの?

 

「、、、ないと思う」

 

そういう時は、ないと言うんだよ。

だってないんでしょ。

他の人のことを聞いてるんじゃないんだから。

あなたがないと思ったのなら、それはないんだよ。

 

そして、息子はないと答えました。

やってることで邪魔されていいなんてものはないと。

これは、言わせてしまったかもしれない。

でも、最後は自分の言葉で話してくれたようにも思えました。

 

子育ては難しい。

子ども達は子ども達で何かを考えている。

でも、伝えてくれなければ伝わらない。

それは僕も同じ。

伝えなければ、伝わらない。

言葉にしなければ分からない。

 

だから、言葉にして欲しい。

言葉にしてくれたら、分かる。

僕の考えと違えば、伝えられる。

使っちゃいけない言葉も教えられる。

一言多かった時、相手にどんな印象を与えるかも説明できる。

 

だから、今は思うように。

ありのまま、話してくれればいい。

ここは、あなたの家なんだから。

ここで練習して、そして学んでくれればいい。

 

そう伝えたら、分かってくれたように思えた。

これからはきっと僕の胆力も試される。

でも、NOコミュニケーションよりよっぽどマシだと。

そう確信しています。

 

それではまた。

 

 

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普段は何でも喋るのに、何か注意するとだんまり。

それをどうにかするための試行錯誤は、まだまだ続きそうです。

 

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怒られると子どもはフリーズする。

そういうものだとは分かってる。

フリーズした後になかったことにしないのが大事なんだと思う。

 

褒められる大人になれるように

褒められたい。

誰か、手放しで褒めてくれませんか。

 

 

こんばんは。

 

子ども達が夏休みに入りました。

これから8月下旬までの長い夏休み。

大人からすると羨ましい限りですが、無為に過ごすとあっという間に終わってしまう。

出来る限り、有意義に過ごして欲しいものです。

 

とはいっても、自分の小中学校時代を思い返してみても、人に胸を張れるような夏休みを過ごしていたかといえば、そうでもありません。

どちらかというと、ダメな方だったかなと。

小学校の頃に何をしてたかといえば、ただただ遊びまわっていたように思います。

中学校になると部活ばっかりだったかなと。

宿題はやってたけど、別に計画的でもなかったなと。

 

勉強は学校から出た宿題をするくらいでしょうか。

そう思うと、子ども達は僕なんかよりもよっぽど真面目に毎日を過ごしているようにも思います。

嫌々かもしれませんが、ちゃんと課題を設定して、取り組んでいるのですから。

 

土日は、子ども達と一緒に勉強をする。

そんな風に決めてそれなりに時間が経ちました。

始めるまでは「ちょっと待って」となかなか始まらないけれど、始めればちゃんとやる。

少し前までは始めてからもダラダラと全然進まなかった。

それを思えば、今はそうやって少しずついい方向に向いていると思う。

 

だから、僕もあまり口出さず、分からないところだけ、一緒に考えるようにしようと。

そんな風になりました。

いっそ、僕も僕の勉強をしようと、子ども達と一緒に勉強をする。

これはこれでいい形かなと。

 

やりたくない勉強。

嫌々でも、始めれば、一緒にいてくれる。

頭ごなしに「やりなさい」ということをやめ、「さ、一緒にやろ」と声を掛ける。

始めるまで、時間が掛かってもいい。

なかなか始めないからとイライラしない。

大きい声や強い言葉は使わない。

自分の子ども頃を思い出せ。

自分だってそんな大して勤勉でもなかった。

 

構ってくるウザい親。

そう思われてもいい。

子ども達にはいい人生を送って欲しい。

だからこそ、口うるさくなってしまう。

それは仕方ない。

だけど、それはイライラからの言葉ではダメだ。

 

器を大きく。

見守るように。

ゆっくり呼吸を。

 

大丈夫、この子たちはきっと大丈夫。

そうやってまずは信じることが一番で。

たとえ思い通りに行かなくても、それは当たり前。

だって、この子たちは僕ではないのだから。

僕の思い通りになるわけがない。

 

よくやってるじゃないか。

 

夏休みにちゃんと勉強してるんだから。

それは褒めてあげるべきじゃないのか。

そうすれば、子ども達も取り組んでよかったなと、そう思ってくれるんじゃないかなと。

 

そして、そこに思い至れた僕のことも、褒めてください。

なんちゃって。

 

 

それではまた。

 

 

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悲しいかな、妻は褒めてはくれないようです。

ま、あとでAIにでも褒めてもらうかな。

 

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