現世よりも来世が大切なのか。
今よりも未来が重要なのか。
こんばんは。
9月20日、読売新聞社が運営する医療、健康、介護情報の総合サイト「yomiDr.」(ヨミドクター)のコラム「いのちは輝く~障害・病気と生きるこどもたち」に、宗教上の理由で2歳の娘への輸血を拒否し、我が子を看取った母にまつわる話が掲載されていました。
「愛するがゆえ」に2歳女児への輸血を拒否した母…1年後再入院し、看取ることに
そのコラムによれば、2歳の娘さんは非常に珍しいガンに蝕まれていました。
治療するためには抗がん剤を投与し、1年以上の治療期間が必要になり、抗がん剤の副作用により骨髄の造血幹細胞がダメージを受けるため、輸血も必要になるということでした。
医師は女の子の母親に娘さんの現在の状況と、今後の治療について説明しました。
しかし、母親の選択は治療の拒否。
理由は宗教上の理由による輸血を認めないということ。
どんな状況でも、たとえ死に直面していたとしても輸血を絶対に拒否する立場を揺るがさないことで有名な宗教といえば、「エホバの証人」ですね。
駅前などで冊子をもってにこやかに微笑んだ女性が控えめな勧誘活動を行っているのをよく見かけます。
エホバの証人はキリスト教系の新興宗教で、ほぼ全世界で活動し、普及しています。
新興宗教と言ってもその起こりは古く、1870年代から約120年くらいの歴史があります。
ただ、キリスト教の主流派が重視する三位一体論などを否定しているため、異端とされています。
その教義の中には戦争に参加しないというものもありますが、同じように有名なのが輸血を拒否するということ。
これは主に、聖書の中に出てくる「血を避けなさい」という言葉を重要視している為だと言われています。
コラムの中で、筆者である小児外科医の松永正訓医師は女の子の母親の説得を試みたが、それは叶わなかったとありました。
その教えを破ると、来世で親子が再会出来ないと。
その意思は頑なだったとありました。
そして、その一年後、女の子は亡くなりました。
享年3歳。
この世に生を受け、そして、3年で去る。
医術といういわゆる自然では起こりえない治療を受けず、この世を去るということは、天寿を全うしたということになるのでしょうか。
それを天寿といい、認められるものなのでしょうか。。。
しかし、彼らにとっては輸血を受けるということは死と同義なのかもしれません。
その教義を守ることで心の平穏が保たれる。
信じる者は救われる。
外野がとやかく口を出すことではないのでしょう。
自分にとっては不思議なことでも彼らにとってはそうではない。
そして、それはまた逆の場合もあり得る。
どちらが正しいということもないのでしょう。
昔、死を恐れぬ戦士が居ました。
その戦士は無様に生き恥を晒すくらいなら、華々しく死んだ方がマシだと思っていました。
しかし、戦士は戦いの中で、多くの仲間たちにより、目を覚まされます。
「真の戦士ならば使命を果たすまで 最後の最後まであきらめてはならない…!
たとえ泥をすすってでも戦い抜いて…自分に課せられた使命を果たすのだと!!
どんなにぶざまでも どんなに見苦しくても一向にかまわん!!
わずかにでも勝算があるならば オレはそれに賭ける……!!!」
それが戦士の覚悟となりました。
生き方は人それぞれ。
その生き方には上も下もないのでしょう。
ただ、本人が幸せかどうか。
大切なのはそれだけなのでしょう。
それではまた。
/ ブ ロ グ ラ ン キ ン グ 参 加 中 で す \
\ 応 援 よ ろ し く お 願 い 致 し ま す /
本人がそれでいいならいい。そういうことなのでしょう。